別世界の華

 平成28年6月13日(月)商談のため9時半にお客様の事務所に、そこで顔色が悪いので即病院へ行けとのこと、病院といえども知るよしもなく、とりあえずパーキング病にかかっている小杉病院の先生の処にタクシーを走らせた。本人は痛みも何も感ぜず。
いつものように病状の話、そこでつい余談ですが先生ちょっと足見てもらえますかと靴下を脱ぐ、私自身びっくりしたのは右足の小指が真っ黒にになり明らかに壊死していると思いました。朝、市販の粉薬を振りかけて、たかだか5時間ぐらいで真っ黒になるなんて信じられなかったです。その状況を見るなり同じ病棟の整形外科に回されました。それ以降記憶が断片でしかないのですが、足の小指の切断を迫られこれは仕方ないだろうと了解致しました。後で神経内科(パーキンソンの先生)がいらっしゃり、白血球が42000で異常な数字と聞かされました。
後で知ったことですが、ケアーマネージャさんの話では大変だったみたいです。


これより 谷川 正 病状説明書を抜粋しました。

病名 : 右下ガス壊疽、感染
糖尿病
状況の説明
6月11日又は10日 何かにぶっつけたのをきっかけに怪我
→糖尿病などの影響で傷が治らない
→感染(ばい菌)がついて、右下壊疽(腐った)状態で、6/14 当院へ受診
本人がなるべく下肢の温存を希望されたため、緊急で壊死した場所のみを切除し、抗生剤(化膿止め)での加療を開始。
しかしながら、感染のコントロールが付かず壊死部位も増加し、全身状態も悪化しています。
これ以上の感染の進行は生命に危険が及ぶ可能性が高く、早期の下肢切断手術をおすすめします。
最終的な切断部位の判断は動脈造形の結果で決めますが、膝上切断が妥当かと考えています。
手術を行っても死亡率は数十%、放置した場合には感染の沈静化はできず徐々に症状は悪化します。
壊死部からばい菌など有害物質が全身にまわった場合には死に至ることもあり、本日中に急変する可能性もあります。
<術後の歩行能力について>
歩行能力は術後のリハビリ次第ですが、パーキンソン病があり良好な歩行能力の獲得は困難であることが予想されます。
車いすゴールとなる可能性が高いです。

車いすゴールの件は退院して後で書類整理しているときに病状説明書を読んで知りました。初めから解っていたらリハビリに力が入っていなかったでしょう。

手術後は狭い二人部屋のいつでも監視できるナースステーションの前の部屋に送られ、
1週間程でナースステーションから監視できる大部屋に移りました。
担当の看護見習生が私の選任に付き楽しい日々を過ごしました。自分から私今反抗期なのと自己分析をしているみたいです。看護見習生があるときウンチでましたかと聞いてきたので、おいおい彼氏の前でいっちゃだめだよと、これが業界用語であるのを知りました。ここでは一杯出ましたおめでとうと拍手までされました。これが現実の世界で虚構の世界に生きてきた私だからこそいまだに一人ぼっちなのです。
研修生が、ある時「ここだけの話、谷川さんは、言いたいことがあれば、言わなければだめよ。」と、何のことかいまだにわかりません。本当にいまだにわかりませんが、真剣に言ってくれました。
婦長が大部屋の角部屋が開きそうなので、移りますか、ただチームが変わります。それは困ると言いましたら同じチームで移動できることとなり即移動しました。この部屋は私にとって最高の部屋でした。消灯の時間になるとブラインドを閉めに来ますが、600cm×600cmの窓を残してくださいと、これぐらいですいいですかと私に問いかけてくれました。病院側からだめだと言われればそれでおしまいでしたが、このぐらいでいいですか、と暗黙の了解があり、非常灯しかない、大部屋に窓の隙間からそそぎこむ明りは最高でした。
この病院は緊急病院ということもあり夜中に送り込まれる患者も種々様々で、幻覚症状を起こして、息子さんが、そこにいるのは分かっていると言ったり夜の病棟は大変です。私も幻覚が起こったこともありました。後ろに人が通り母は真っ白の髪でこちらを向いていました。
主任看護師は、講習会などで、2か月ほどいなく、私の憧れの看護婦さんが実質上私の主任看護師という形になっていました。私はたくさんの寝汗をかき気持ち悪かった時、普通であれば朝まで我慢してくださいというところ助手に向かってシーツ取り替えます。と言ってくれ行動を起こしてくれたのです。
入院生活も4カ月近くなり講習から帰ってきた主任看護師が、私のところに来て今日は良い話と悪い話がありますと、良い話は転院先が決まりました。来週の火曜日に面接してくれるそうです。悪い話は、・・・。何を言われたか覚えていません。
転院の日、主任看護師はエレベータまで、いろいろ面倒を見てくれた看護師は、玄関まで見送ってくれました。
私は、義足をつけて、必ず戻ってまいりますと心に誓ったのです。




リハビリ病院に転院

代々木の病院は、空き大部屋がないので個室に1週間ほど過ごさせていただきました。
それは最高の気分でした。
ここで問題になったのは、小杉では下着すべて業者に委託していたので洗濯など一切しなくてすんでいました。入院生活は初めてなもので、専任看護師は、一緒にやりましょうと言ってくれましたが、私の耳には届かなく、よく言い争いました。
入院してすぐ血圧が夜200を超え1週間は吐いてばっかしで、先生からは、ここはリハビリに来たのであり、一度小杉に帰ってもらい、処方箋を作って再度帰ってきてくださいと、その時はリハビリは1から出直しです。私は絶対直しますからと先生の理解を得ました。先生は直接小杉の先生にもお電話したようです。
吐いているとき今日は洗濯、私がやりますけど・・・・という声を吐いていながらもわかったです。看護師との戦いはもう始まっていたのです。

ある時谷川さん性格天然なのですか?と
お答えします。気分が良いときはその通りです。

洗濯物が一人でできるようになりひとつの光景が頭をよぎりました。乾燥した洗濯物を車いすの膝の上に積み込んで、残った洗濯物をターバンのように頭に巻き、目だけを出して、看護師の前を通り抜けしました。さすが看護師も追いかけてきて部屋まで協力してくれました。
義足歩行も携帯の中にある万歩計で目標を決め1日10000歩を目標に一日中病院の中を歩き回りました。
10000歩を超えた日もありました。
ある10月の下旬夜が冷え込み寒いなーといいますと、どこからとなく上布団を持ってきた時はさすがだなーと思いました。 そのあと2カ月後に布団は回収されさみしかったです。

12月の中旬、夜中の3時私の携帯に兄から電話がかかってき「母が今なくなった------。」
母は100歳、ぼけの症状はなく、3、4日前電話で直接「−−−−するなよ」と信じられないはっきりした言葉が返ってきました。これが最後の私に対する言葉でした。
姉さんの子供甥、姪は前もって嵐山から駆けつけ臨終には間に合ったみたいです。
ここから大変、奥さんでもいたら、何でもないはなしが一人ではつらい、義足を履いて訓練をしてはいるが、外に出られる状態でわなし、車椅子では介護で後ろから押してくれる人もなく、ケアーマネージャーさんに相談してみたら、飛行機代と日当代を支払う方法などいろいろ考えてくれました。
そこで頭にひらめいたのが、私のお客様に旅行会社の社長がいることを思い出し、すぐ電話しました。
わざわざ彼は病室の私の部屋まで飛んでき,話のできる部屋であらゆる旅行会社に電話し、行動の流れを紙に書いて説明してくれました。飛行機会社に提出書類もあるとのことでしたが、これはいらないと
次の日の朝、行動手順通り予約していた介護タクシーに乗り一路羽田空港へ、切符発行のカウンターに話は通していたので、そこで、飛行機会社の車椅子に乗り移り飛行機の中へ飛行機の中では、前もって座席が準備されており、いざ徳島へ、飛行場に着けば、母の使っていた車椅子に乗り代える。

母との別れはつらかったです。

入院して2ヶ月後、看護師の協議で今日から車椅子を与えます。夜中のトイレは自分でいって下さい、元来大部屋は6人部屋ですがリハビリ室は大部屋を4人部屋にし車椅子を置けるようになり広くなっているのです。
ここから私の地獄生活が始まりました。
病院を出たときのリハビリの訓練のため全て一人でやって下さい。看護婦は手助けいたしませんと、カーテンをひとつはさんだ患者には至れり尽くせりのサービス。ヘヤードライヤーの音、髭剃りの音、その他多種多様の音。かたや何にもなし。更に担当看護婦は同じで、毎日ジェラシーの塊です。このことを寝付かれない夜愚痴っぽく夜回りの看護師に訴えますと、朝一番に血相を変え担当看護師が飛んで来、部屋と担当看護師を代えることにしました病棟も変わります。と言われ、
看護師さんと自分の部屋は気に入っているし私の完敗でした。
退院が決まりローテーションの関係上見送りができなかったけれど、前日、私に薬の飲み方等を説明し、部屋を出て見えないカーテン越しに大きな声で【退院おめでとうございます。】と去って行きました。
退院の朝専任先生はその日は休みだったのですが、私が去った後見送りにきたみたいです。
しっかりしてよ、ビックリさせたかったのか知りませんが、これじゃ何にもなりません。















感 謝 状

小杉病院殿

姉きぶんの菅野さん
華麗なる廣瀬さん
優しい綱島から自転車通勤の川原さん
おっとりの桜井さん
信頼のおける二田さん
厳格な人松林さんやさしくね
かん高い裏声で明るく優しい佐々木さん
荒削りの内布(うちぬの)さん
アニメ声の翁長さん
手抜きの無い仕事の加藤さん
融通のきかない小林お母さん
看護助手の斎藤さん佐藤さん
個々の個性を持つ看護婦の皆さん

手術して頂いた 佐竹 美彦 先生
ソウシャルワーカーの上原(小泉)さん
リハビリの大橋先生

本当にありがとうございました

夢を与えられ本当にありがとうございました。












クリスマスの時の激励文

代々木病院

田中洋平先生
だいぶ歩けるようになってきましたね、あと少しです。
義足で歩けるよう頑張りましょう。私達がサポートします。

研修医 黒川
谷川さんの日々頑張っている姿に僕もパワーをもらいます!頑張りましょう!

渡辺 先生
日々歩行もきれいになってきていると思います。
一緒に退院に向けて考えましょう!!

中井先生
最初は体調を整えるのも大変でしたが、少しずつリハビリが進められるようになって本当に良かったです。
一緒にリハビリしながら退院後の生活や仕事について考えていきましょう!!

及川看護師
谷川さんの目標に近づけるように一緒にリハビリ頑張りましょー!

向井看護師(担当看護師)
谷川さんメリークリスマス★
今年は色々と大変な年になってしまいましたね。毎日厳しいことばっかり言っていますがリハビリにとても前向きで、いつも頑張っているすがたとても尊敬します!あとすこしです!大変かもしれませんが、一緒に頑張っていきましょう!!
スタッフ一同全力で谷川さんをサポートします。







入院中、退院してからも 
小杉のケアーマネージャー 上原さん
代々木のケアーマネージャー 藤田さん
いろいろ迷惑をかけ本当にありがとうございました。

谷川 正 044-541-2174 E-mail: info@belltoam.com
080-3315-7370
ホームページ URL http://www.belltoam.com